Project Story 02

カンボジアに
新生産ラインを立ち上げる。
国境を越え
次世代に受け継がれる
「ひとづくり」の物語

Prologue

アジア、北米、欧州と世界各国に生産拠点を展開するミネベアミツミ。なかでも近年、飛躍的に存在感を高めているのがカンボジア工場だ。プノンペン郊外に設けられた経済特区に、ミネベアミツミが進出したのは2011年。約10万㎡の広大な敷地を確保し、同年12月に1棟目の工場を竣工。小型モーターなどの組み立てを中心に操業を開始した。さらに2013年末にはバックライト専用工場の第2棟を立ち上げ、いずれも順調に生産を続けている。

プロジェクトの舞台となる第3棟は、建築面積3万1875㎡、床面積5万9000㎡とミネベアミツミの中でも最大の工場である。ここに、タイと上海の工場で行われていたボールベアリングの生産ラインを移管することが決まる。タイ駐在中の加藤がその立ち上げ担当として任命されたのは、真夏の日差しが照りつける、2016年8月のことだ。

Profile

加藤 輝之
1994年入社 理工学部工業化学科 卒業

ボールベアリング事業部製造部組立課係長。2016年までの9年間、タイ工場でマネージャーとして駐在。長い海外勤務の経験を買われ、カンボジア工場第3棟立ち上げの主担当に任命される。

香川 慎吾
2016年入社 システム理工学部機械制御システム学科 卒業

ボールベアリング事業部製造部組立課カンボジア駐在員。カンボジア工場でボールベアリングの生産管理業務を担当。入社2年目に、加藤に代わりカンボジアに赴任した。

Chapter 1

小径ベアリングの手組み工場を集約。
「生産の世界最適化」を推進する

ボールベアリングは回転軸の摩擦を低減し、軸の正確で滑らかな回転を可能にする部品だ。モーターなどの軸受けとして、各種家電製品やOA機器など、回転部分を持つ製品には必ず使用されている。抵抗の少ない高性能なミニチュア・小径ボールベアリングをつくるには、極めて高度な加工技術を要する。この、外径22mm以下のミニチュア・小径ボールベアリング市場で、ミネベアミツミは世界シェア60%を誇っている。

ボールベアリングはサイズや構造によってさまざまなタイプがあり、細かな仕様の違いまでを含めるとじつに8500種を越える型がある。生産量の多い製品は機械で組み立てているが、月産20万個未満の製品は、多品種少量生産に対応できる人の手作業による組み立てが中心だ。この人手のかかる手組みの生産ラインを、カンボジア工場に建設されたばかりの第3棟内に立ち上げるのが、今回のプロジェクトの目的だ。

プロジェクトの統括者に決まった加藤がいたのは、バンコク郊外にあるタイ工場。手元に送られてきた計画書に目を通しながら、額の汗を拭った。
「カンボジア新工場での生産開始は5カ月後の2017年1月。さらに、2018年の3月までに月産500万個の達成が目標でした。ゼロからの生産立ち上げは私にとっても初めての経験であり、かつスケジュールもタイト。これはなかなか大変な仕事だと思いました」(加藤)

ミネベアミツミがカンボジアに進出した2011年当時、主力製造拠点であるタイや中国は為替リスクや労働力不足、物価上昇などの課題が浮き彫りとなっていた。その点、カンボジアは自社最大の生産拠点であるタイに近く、政治的にも安定し、人材確保が容易などの利点があった。

手組みが必要となる製品の生産拠点を集約し、タイなどの既存工場で高付加価値製品をつくる。ミネベアミツミが推し進めてきた「生産の世界最適化」を前進させることが、カンボジア進出の狙いだった。そして、主力製品であるミニチュア・ボールベアリングの手組み生産ラインの移管が、いよいよ実施されることになったのである。

Chapter 2

がらんどうの建屋に設備を入れ
現地でスタッフを採用する

プノンペンに飛んだ加藤は、竣工したばかりのカンボジア工場第3棟の建屋に足を踏み入れる。中はまだ「がらんどう」の状態だ。

「床や壁はコンクリートがむき出しで、天井も張られていません。まずは内部工事から始める必要がありました。生産エリアのレイアウトを決め、床・壁を張り、天井を作り、電気を通して、建屋内にクリーンルームをつくる。カンボジア工場の施設部と話し合いながら工事の段取りを進めました」(加藤)

また、生産に使う製造装置や作業台、組立作業で使う特殊な治具なども用意する必要があった。必要な治具は100種類以上。それぞれ生産に必要な数量を洗い出し、タイ工場の資材部を通じて発注をかけた。

これと並行して進めなければならなかったのが、人材の採用と育成である。まず、生産管理を行うスタッフとして現地の大卒者10名を採用。親日国のカンボジアでは日本企業の人気が高く、トップクラスの大学出身者が多数応募してくれた。

「10名の内訳は男性3名、女性7名。彼らをタイの工場に呼び寄せて、ベテラン作業者の指導の下で2カ月間、組立作業の実務を学んでもらいました。全員、タイ語はわからないので、最初のうちは英語でやりとりしていましたが、2カ月ほど滞在している間にみんなタイ語をスラスラと話すようになった。さすがに優秀だなと感心しました」(加藤)

組立作業を担うオペレーターは当初200名が必要だった。ただし全員一度に採用すると研修が追い付かない。そこで、50名ずつ時期をずらして採用し、それぞれ2カ月間タイ工場で組立作業のトレーニングを行う。さらにその後、段階的に約400名にまで増やす計画だ。
「オペレーターは大半が女性。細かい作業を要するベアリングの組み立ては、手先が器用で根気の強い女性の方が向いているからです。スタッフに女性を多く採用したのも、オペレーターの女性たちに寄り添ったマネジメントを期待してのことです」(加藤)

話は少し脇道にそれるが、カンボジアは1980年代の初頭まで続いた国内の混乱の影響で近代化が遅れた。十分な学校教育を受けられないまま大人になった人も少なくない。加えて女性の地位は男性に比べて低く、社会進出も進んでいなかった。そうした中でミネベアミツミは、2011年のカンボジア工場設立当初から女性社員を多く採用している。また国語、算数、英語を教える日曜学校を開くなど、さまざまな教育の機会を設けてきた。

結果、進出当初は低かった現地社員の識字率が、数年後にはほぼ100%に向上。また現地社員にも管理職への道が開かれており、オペレーターからスタッフに昇格する女性社員も多い。「現地従業員と共に成長する」。これは、ミネベアミツミが海外進出の際に大切にしていることの一つである。

Chapter 3

必要とされた「右腕」の存在。
タイ現地法人の女性社員をスカウト

加藤は操業に向けて着々と準備を進めながらも、プロジェクトを二人三脚で支えてくれるパートナーの必要性を感じていた。採用したスタッフは、全員が学校を卒業したばかりの新人。彼らに社会人としての心構えや責任感を教え、組立作業の指導や従業員の管理ができる人材に育て上げるには、経験豊富かつ信頼できる「右腕」が必要だった。

また、工場で使う資材の調達や、材料・製品の入出荷手続きはタイ工場ベースで行うため、タイの現場とのやり取りが円滑に行えるスタッフがいることが望ましい。そこで加藤が白羽の矢を立てたのが、駐在時に自分の同僚としてスタッフのリーダー役を務めていたルジラである。タイ現地法人の女性社員だ。
「彼女は入社20年のベテラン社員で、普段は快活に冗談を飛ばしてみんなを笑わせながら、部下や後輩への指導にも熱心に取り組む。誰からも慕われるカリスマ性のある人物です。じつは今回の話が来た時に、真っ先に頭に浮かんだのが彼女の顔でした」(加藤)

加藤はルジラに、このプロジェクトの重要性と、自分がいかに彼女の力を必要としているかを説いた。しかし家族を置いて女性一人で海外に駐在するのはそう簡単なことではない。これだけ大きなプロジェクトともなれば、ある程度の赴任期間を要することにもなる。
「即答はしてくれませんでした。家族のこともあるので少し考えさせてほしいと」(加藤)

数日後、加藤のもとにルジラから連絡が入る。答えはイエスだった。
「自社の一大プロジェクトを支えたいという気持ちが、彼女にもあったのだと思います。それが本当にありがたかった。決断してくれたことに感謝しました」

Chapter 4

スタッフの育成がカギ。
熱心に説き続けた「大切なこと」

2017年1月にカンボジア工場第3棟での操業が開始された。スタートは予定通りだったが、当初は組み立てに使う道具や材料が足りなかったり、作業に不慣れなため治具を壊してしまったりとトラブルが続出した。何より大変だったのは、思ったよりスタッフやオペレーターの習熟に時間がかかったことだった。

「オートメーションの工場なら、機械の調整が終われば、ある程度すぐにポテンシャルを発揮することができます。しかしこの工場は手作業の比重が高いので、人が成長しないことには生産効率は上がりません」(加藤)

とりわけ急務だったのはスタッフの育成である。比較的のんびりとしたお国柄のためか、例えば、現場でトラブルが発生していても、問題を放置したまま帰ってしまうスタッフもいた。それではオペレーターも作業ができない。

「やはり、日々のコミュニケーションを通じて意識を変えていくしかないと思いました。『この工場での生産が軌道に乗るかどうかは、君たち一人ひとりにかかっている』ということを、日々のミーティングの中で繰り返し伝えました」(加藤)

それぞれのポジションにいる人間が自らの仕事に責任を持つ。それがものづくりにおいていかに大切かを加藤は熱心に説いた。

Chapter 5

変わり始めたスタッフの意識。
ついに月産500万個の目標を達成

スタッフの育成において、ルジラの果たした役割は大きかった。彼らが責任感に欠けるような仕事をすると、なぜそれが問題なのかを相手が理解するまで話をした。「自分の仕事にプライドを持たなければいけない」。タイ人の女性として日本企業で長くキャリアを積んできた彼女のまっすぐな言葉に胸を打たれ、ときに涙をこぼす者もいた。こうした粘り強い指導が功を奏して、徐々に若いスタッフの間にも仕事への責任感が芽生えてきた。

「ある日、オペレーターの一人が急に休んで現場に穴が開きそうになったことがありました。すると、誰に言われるでもなく、とっさに担当スタッフがラインに入ってフォローしてくれたのです。そういうことが自発的にできるようになったのは意識が変わった証拠。うれしかったですね」(加藤)

加藤は仕事が引けた後にスタッフ全員に声をかけて近所の日本食レストランに連れて行き、食事会を開いたりもした。

「お酒を楽しみながら、冗談を言い合ったりもしました。彼らなりに感じている仕事へのプレッシャーを和らげて、前向きな気持ちでまたみんなで頑張ってもらおうと。そんなこともチーム力の醸成に役立ったかもしれません。もともと日本に興味がある若者たちです。日本の話をすると喜んで耳を傾けてくれました」(加藤)

スタートから1年ほどが経った頃には、ある工程で作業が遅れるとスタッフ同士が話し合い、余裕のある工程から人員を融通するようなことも自発的にできるようになった。自分の責任を果たすだけではなく、それぞれが一つの目的のために力を合わせる。ものづくりにおいて最も大切なことが、スタッフの中にも根付いてきたのだ。

こうしたスタッフの成長は現場のオペレーターにも波及。ベアリングの組み付け精度や作業スピードも日を追うごとに上がっていった。そして、2018年の3月。当初の予定通り、月産500万個の生産目標を達成することができた。
「この段階ではまだ一時的な増員が必要でしたが、その後オペレーターの習熟度の向上に伴い、計画通りの人員で生産数量を出すことができるようになりました」

ルジラと共に育てた10名のスタッフと、彼らが率いた約400名のオペレーターによって、ミネベアミツミのものづくりがカンボジア工場第3棟に結実した。

Chapter 6

次の世代へバトンを託す。
ものづくりをつなぐ「ひとづくり」

生産が軌道に乗ったことを見届けた加藤は、2018年6月に日本へ帰国。後任のマネージャーには、ルジラが就任することになった。

「『私をスカウトしたあなたが先に帰るなんて!』と叱られました(笑) とはいえ彼女もやりがいを感じて、先頭に立ってチームをまとめてくれています。振り返れば、ルジラさんをタイから呼べたことがプロジェクトの成功にとって本当に大きかった。海外に彼女のような人材がいることも、ミネベアミツミの強さだと感じました」

加藤に代わる日本人スタッフとして2018年1月からカンボジア駐在となったのが、当時まだ入社2年目だった香川だ。

「1年目は研修でいろいろな部署を回り、2年目からは軽井沢工場のベアリング組立課に配属されて、製造設備のメンテナンスを学びました。そこから9カ月でカンボジア赴任の辞令を受けました。当初から海外に出たいと思っていたので、早々に希望がかなってうれしかったです」(香川)

現地では主に日本とのやりとりの窓口役を務めつつ、ルジラのサポート役として生産管理を学んでいる。
「英語があまり得意ではなかったので最初はコミュニケーションに苦労しましたが、片言でも伝えようという気持ちがあれば、意外と伝わることがわかりました」(香川)

すでにスタッフとオペレーターの成長により安定生産は実現できているが、カンボジアも経済成長につれて物価は上昇傾向にある。将来的に、現状維持では今と同じ収益は見込めない。工場の生産効率を高めることが当面の課題だ。さらにその先には、ボールベアリング月産1000万個に向けての青写真も描かれている。

「新卒で入っている現地スタッフとは年も近いので、すぐに打ち解けました。彼らとの交流を深めながら、同じミネベアミツミの若手として一緒に工場を盛り立てていきたい。加藤さんのように、全体を見渡してマネジメントができるようになるのが今の目標です」(香川)

そんな香川に、海外駐在の大先輩にあたる加藤もエールを送る。
「じつは私自身も入社1年目から海外に赴任して、現地の人たちに学びながら成長してきました。彼にもルジラさんや現地のスタッフから学び、工場を背負って立てるような人材になってほしい。それと同時に、一緒に立ち上げを経験した現地のスタッフたちにはカンボジアの幹部として成長し、将来のミネベアミツミを引っ張っていってくれたらと思います」(加藤)

「ものづくり」はビジネスであり、海外への進出もその一環だ。しかし、それだけではない。進出先の国々で人材を育成し、その経験によって自分たちもまた成長する。海外工場立ち上げの裏側には、国境を越えた「ひとづくり」の物語がある。

(※登場する社員は仮名です)

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