歴史

1951年に日本で最初のミニチュア・ボールベアリング専門メーカーとして創業し、1970年代からは「元祖M&Aカンパニー」として国内外のM&Aを行い、事業の拡大を図ってきました。現在では、機械加工品事業や電子機器事業と多岐にわたる事業を展開し、情報通信、航空宇宙、自動車、家電等の各業界に製品を供給する精密部品メーカーになりました。
当社の創業から現在に至るまでに特徴的な出来事や施策を下記に紹介します。

2016年3月16日現在

1950年代~ 創業期

画像:故・高橋精一郎社長と全社員(1954年)

故・高橋精一郎社長と
全社員(1954年)

1951年に日本初のミニチュア・ボールベアリング専門メーカー「日本ミネチュアベアリング株式会社」として創業しました。終戦後、満州から帰国した旧・満州飛行機製造の技術者が航空機産業の発展に夢と情熱を託して立ち上げた会社でした。

1960年代~ 米国進出と軽井沢工場(現 本社)への移転

画像:軽井沢工場(1965年頃)

軽井沢工場
(1965年頃)

1960年代は、それまでの工場だった埼玉県川口工場を閉鎖し、広大な土地と人員を求めて長野県軽井沢工場(現 本社)に移転しました。また、すでに国内には多くのベアリング会社が存在し、その中の大手数社が国内市場を席巻していた事もあり、新しい販路を求めて米国市場の開拓に積極的に動き出しました。
1960年代後半には、製品の多角化の一環として、ロッドエンドベアリングとステッピングモーターに着手しました。さらに、プレス部品の内製も開始し、当社の特徴である「垂直統合生産システム」の基礎を築いていきます。

1970年代~ 海外展開と事業の多角化

画像:米国REED工場を買収(1971年)

米国REED工場を買収
(1971年)

対米国輸出が急増した事で貿易摩擦が発生し、現地での生産を目的に当時の日本では珍しいSKF社のREED工場(現 チャッツワース工場)の買収を行いました。また、日本国内での生産状況や人員確保に限界を感じ、人員を集め易く低コストなシンガポールに新しく工場を建設し生産を開始しました。それにより、日本・米国・シンガポールに生産拠点を持ち、日本の工場を開発や技術指導などのマザー工場とする体制が出来上がってきます。
また、短期間での企業規模の拡大や製品・事業の多角化を実現する為、1970年代半ばから国内外で積極的に企業買収を行いました。この時期から、ミニチュア・ボールベアリング専門メーカーから総合精密部品メーカーへと発展していきます。また、同時期に欧州での販路拡大を図り、欧州全域での販売活動を始めていきます。

1980年代~ 経営基盤の確立と更なる多角化の推進

画像:タイ・アユタヤ工場開所式(1984年)

タイ・アユタヤ工場
開所式(1984年)

1980年代に入ると、シンガポールの経済成長などから工場の規模拡大に限界があると感じ、新たな生産拠点としてタイに工場を建設し生産を開始しました。さらに、海外工場を支援する目的で、ボールベアリング等は軽井沢工場、電子機器等は浜松工場をマザー工場としてきましたが、タイ工場では現地対応が可能となり工場敷地内にR&Dセンターを設置しました。
1981年に(株)東京螺子製作所、新興通信工業(株)、新中央工業(株)、及び大阪車輪製造(株)を吸収合併し、現在の社名である「ミネベア株式会社」に変更しました。合併後も既存事業の能力や規模を拡充する為に国内外でM&Aを実施し、従来の機械加工品事業、回転機器事業に加えて、半導体事業や電子機器部品事業、流通事業、金融・信販事業などの多岐にわたる事業展開を行いました。

1990年代~ 社業の選択と集中を進め、経営のスリム化

画像:上海工場設立(1994年)

上海工場設立
(1994年)

日本のバブル崩壊により不安定な経済状況の下、多額の借入金を返済して財務体制の強化に努め、どんな状況下でも増収・増益が実現できるように事業の選択(撤退・売却)と集中(買収)に戦略を方向転換しました。
この時期に「三つの目標(常に増収増益、借金返済、透明度の高い経営)」と「五つの心得(現在の社是)」を掲げ、全社的な意志統一を図りました。
その為、1997年3月期には売上高が初めて3,000億円を越え、翌期には純利益が過去最高を記録しました。
また一方で、21世紀に世界最大の市場になると予想された中国に着目し、中国に工場を設けて生産を開始しました。

2000年代~ ものづくりで勝てる会社、技術で勝てる会社

画像:ドイツmyonic社を買収(2009年)

ドイツmyonic社を買収
(2009年)

2000年代は新興国経済の高成長とその後の世界同時不況という環境下で、将来的に「ものづくりで勝てる会社、技術で勝てる会社」を目指し、前半は事業の選択と集中に重点的に取り組み、その後は本業の機械加工品と電子機器事業の強化に取り組みました。
その為の基本方針として「高収益のベアリング関連事業の増産」「モーター事業をベアリング関連事業に並ぶ柱に育て上げる」「主要製品に関して高付加価値製品の比率を引き上げる」の3つを「経営の3本柱」として掲げました。
その施策として、軽井沢工場の大規模なリニューアル工事によりマザー工場としての役割を強化しました。また、デジタル家電や情報端末などに使用される情報モーター分野の需要が急増すると見込み、松下電器産業(株)(現 パナソニック(株))と情報モーター事業を共有する合弁会社を設立しました。さらに、開発及び製造技術の強化に取り組み、その中から生まれる技術を使い新製品の開発に注力しました。
その施策等が功を奏し、売上高は2007年3月期、2008年3月期と2年連続で過去最高を更新し、純利益は2008年3月期に10年ぶりに過去最高を更新しました。

2010年代~現在 世界一の総合精密部品メーカーを目指す

画像:カンボジアの自社工場起工式(2011年)

カンボジアの自社工場
起工式(2011年)

2010年代前半は、国内外の大きな自然災害やレアアースの高騰、史上最高水準の円高、世界経済の減速などマイナス要因の多い時期でした。
そんな中で、「一株当たり利益の最大化を図り、企業価値の向上」「ミネベア100周年の為の基礎固め」という2つの大目標の下に、モーター合弁事業を解消して完全子会社化するなどの事業構造改革、縦(強みである垂直統合生産方式)と横(各事業部間の連携による複合製品事業)の総合力の強化などの施策を実施してきました。このような収益改善の諸施策と適切な準備が功を奏し、2015年3月期には創業以来はじめて売上高が5,000億円を超え、営業利益、経常利益、純利益共に過去最高を更新しました。
また、アジア地域での生産ネットワークの強化を目的に、カンボジアに大規模生産拠点を設立しました。さらに、東京研究開発センター(TRDC)を発足させ、複合製品を中心とした新製品開発力を強化し、さらなる高付加価値製品の開発に力を入れています。

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